大和町 (岐阜県)にある三柱鳥居は、標高1000メートルほどの場所にあるが、鳥居がある場所に神社はない。
車が通れる道からは2キロメートルぐらいであるが、登山道は不明瞭である。
iPhoneのRSSリーダーに流れて来た「キュレーションの時代 『つながり』の情報革命が始まる」の書評が気になり、その場でググってブクログのパブーで買いepub版をダウンロードしてiBooksで開く。
一章で「エグベルト・ジスモンチというブラジル出身のミュージシャンがいます」「もし『そんなの聴いたことない』という方は、ぜひユーチューブで検索してみてください。たくさんの動画がアップロードされています」とあるのでYouTubeを立ち上げ検索してみると、数件の動画が出てくると同時にEgberto…
Screening[スクリーン化] ― かつてはテレビのスクリーンであり次にコンピューターのスクリーンだった。今やスクリーンはどこにでもある、とKellyは指摘する。そして今後あらゆる物、あらゆる表面がスクリーンになる。いずれ「あらゆる目的のための1枚のスクリーン」が生まれるだろう、とKellyは言う。
Interacting[インタラクション] ―現在インタラクション([コンピューターとの]相互作用)は主としてわれわれの指先に限られている、とKellyは言う。しかし、iPadがそれを変えつつある ― 体の別の部分をもっと使うようになる。さらには、ジェスチャー、音声、カメラ等のテクノロジーによって、われわれとあらゆる物とのインタラクションの形態が変わっていく。そう、彼はマイノリティー・レポートを引き合いに出した。
Sharing[共有] ― 多くの人々がこれをたった今最高水準にあるソーシャルなアイディアだと考えているが、「まだ始まったばかりのプロセス」だとKellyは指摘する。自身のあらゆる行動を追跡する、という要素が関与し始めている、と彼は言う。位置情報、リアルタイム写真、ビデオ等だ。
Flowing[流れ] ― 「今われわれはウェブの新しいメタファに移行しつつある」とKellyは言う。まずコンピューターにデスクトップが、次はウェブにページが作られた。これからはウェブとつながったリアルタイム・ストリームだ。
Accessing[アクセス] ― 今われわれが向かっているのは、情報とメディアはアクセスするものであり、所有するものではないという世界だ。今は[ビデオ配信の]Netflixにそれを見ているが、すぐに音楽も全面的にそうなるだろう。
Generating[生成] ― 「インターネットは世界最大のコピー機である」とKellyは言う。これからは、容易にコピーできない物の重要性が高まるだろう。その鍵になるのは、簡単な支払い方法とコピーが困難なコンテンツだ。即時性が鍵 ― 今すぐそれを手に入れたいのか、それともコピーできるようになってからでいいのか。パーソナル化も鍵になると彼は言う。
| — | 今後20年の「つながった世界」にとって重要な6つのトレンド (via yaruo) |
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この値が正確に何を示して、どう役に立つのかはまだよくわからない。
ただ1つ言えることは、リストへの追加は能動的かつマイナーな機能なので、単純なフォローフォロワーによる指数よりも、偽装や水増しによる影響を受けにくいものと思われる。
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fladdict » Twitterのフォロワーに関する10:1の法則、メモ 現在、656÷71=9.2。ふむ。 よく言われる90:10:1(あるいは90:9:1)の経験則もソーシャルメディアに対する参加の積極性に関する話で、たしかに「リストを作る」「リストをメンテする」ことはこの2番目、エンリッチに該当しそうな感じもする。ハッシュタグもそうだけど、ここらへんの単にツイートする以外の部分に意味を見出せないかというのは、興味を引かれるところ。 (via tsukamoto) |
正式名は「姜汁撞女乃」。
材料: 牛乳、生姜、砂糖
作り方
- 生姜をすって、生姜汁大さじ一杯分くらいを器に入れておく
- 牛乳を器一杯分(200cc前後)、70度くらいにまで温め、砂糖を入れて溶かす
- 生姜汁の入った器に、温めた牛乳を勢いよく注ぎ入れる
これだけで、生姜の酵素の働きで牛乳がふるふるの絶妙な固さに固まるのだ!……だが、成功率が非常に低いのが、このレシピの恐ろしいところ。失敗すると、単なる生姜入り牛乳となり、切ないことこの上なし。(それはそれでおいしいけれど)成功すれば、聘珍楼の絶品杏仁豆腐「杏雲」のようなやわらかな口当たりと、生姜のピリリとした辛みのハーモニーを味わえます!
シロップやアマレットをかけても美味。関心空間:生姜ミルクプリン
現行長寿スレ:http://toki.2ch.net/test/read.cgi/patissier/1164035499/
中国の方による調理動画:薑汁撞奶
大学生200人が科学に関する短い文章を5分間読むように求められた。
学生にはその後、次のいずれかの指示が与えられた。テスト向けの詰め込み勉強のように何度か読み返す、題材に関する「コンセプトマップ」[概念等の相関を表す地図]を作る、読んだ文章に関する自由形式のエッセー(小論文、作文)を10分間で書く、という指示だ。
1週間後、学生は覚えていることに関する簡単なテストを受け、また、書かれていた事実を基に、論理的な結論を引き出す質問をされた。この成績は、最初にエッセーを書いたグループが1番良く、次は詰め込み勉強のグループ、最後がコンセプトマップ作成のグループだった。
学生は次に、記憶を頼りにコンセプトマップを書くように求められた。ここでも成績は、エッセーを書いたグループ成績が1番で、もともとコンセプトマップを作成したグループを上回った。
この結果は限定的なものではあるが、同研究で「検索練習(retrieval practice)」と呼ばれている「エッセーを書く行為」が、学習の強力なツールであることを示唆している。
| — | 「書くことの効果」実証される | WIRED VISION (via otsune) |
よくある(日本の)学生の失敗は、「何を作るか」をじっくり考えてアイディアが出来上がっても、いざそれをプロトタイプとして具体化する段になって その実装スキルが無く、仕方なく必要に応じてそのスキルを学んでいるうちに、どんどん時間が経過し、そうしているうちに最初のアイディアの新鮮さが 本人の中で失われてしまう、というケースだからだ。僕はSFCでそういったケースを山ほど見てきた。プロトタイピングの強固なスキルがあれば、アイ ディアが出れば1週間くらいでファーストプロトタイプをつくってこれるようになる。そうすれば、アイディアが新鮮なうちに、その期待感とともに「もの」に 外化できる。そうなればプロジェクトは走り出す。
しかし、それができないと、アイディアが固まったあとの作業は、ただの苦痛な「実装」時間でしかなくなってしまう。頭の中ではいきいきと動いていた案が、実体の「もの」としてはなかなか動いてくれないからである。そうしているうちに、初動のワクワク感が死んでしまう。
| — | HowToMakeAlmostAnything2010 (via toriaji) |
「こつこつ積み上げるのこつこつってどういう漢字を書くかわかりますか?」
「いや、わからないです」
「こつというのは単位の事で1の六桁下の単位を忽(こつ)っていうんです」
「つまりほんとうにほんとうに些細なものを積み上げていくことを表現して
いるんですよ」
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Information: 再録 (via takerui) (via fukumatsu) (via pcatan) (via gkojax) (via sryuuki) (via suzukichiyo) (via nklog) (via suzukichiyo) (via kazscrapbook) (via wonderthinkanswer) (via usaginobike) (via cottonsugar) (via nemoi) (via noriichi) (via gourary) (via yellowblog) (via senninmemos) (via ishida ) 微々たるものというのはそのさらに1つ下の単位。 |

